笠田祐樹 独立披露能のご案内
◆ご挨拶
笠田祐樹です。
2013年に上田貴弘師の元へ内弟子入門させていただき、丸10年の月日が経ちました。
独立という節目に、父と能「石橋」を勤めます。
能楽師としてまだまだ未熟ではございますが、暖かく見守っていただければ幸いです。
初めて能をご覧になられる方にも、楽しんでいただくため、下記に演目のあらすじを書いております。
また、当日はイヤホンガイドを用意しておりますので是非ご利用いただき、お楽しみいただければと思います。
◆用語解説
シテ・・・主役
ワキ・・・脇役
囃子方・・・笛、小鼓、大鼓、太鼓 を演奏する人
仕舞・・・紋付、袴姿、素顔で物語の一部を、謡と舞のみで演じる上演方法
舞囃子・・・紋付、袴姿、素顔で物語の一部を、謡と舞と囃子で演じる上演方法
能・・・シテ、ワキは装束を着け、フルオーケストラで上演される
小書・・・特殊演出のこと
中入・・・能の前半と後半の間のこと。主に狂言方が前半の内容をおさらいしてくれる
◆高砂について
兵庫県高砂市にある高砂神社と、大阪市にある住吉大社にまつわるお話です。
阿蘇神社の神主・友成が高砂浦から船に乗り摂津国住吉に到着すると、住吉明神(シテ)が出現し颯爽と舞を舞い、人々に寿福を与えて平和を祝福するのでした。
祝言(めでたい曲)を代表し、古くより結婚式などで謡われてきた演目です。
八段の小書が付くと、通常よりも舞が長くなりますが、緩急が激しくなり緊張感が充実します。
◆熊野について
平宗盛の寵愛を受けていた熊野(シテ)は帰郷を許されず、余命僅かな故郷の老母の身を案じます。
花見に連れてこられた熊野は、桜をめでて優雅に舞うも、通り雨に散ってゆく花を見、母の面影を重ねて歌を詠みます。
哀れに思った宗盛は帰郷を許し、熊野は故郷へと帰って行きます。
古くより「熊野松風に米の飯」と言われるほど人々に親しまれてきた演目です。
村雨留の小書が付くと、舞は通常よりも短くなります。村雨が降り、桜の花が散っている事に気付き、舞を途中で止めるという演出です。
◆石橋について
〈前シテ〉 童子
〈後シテ〉 白獅子
赤獅子
〈ワキ〉 寂照法師
〈間狂言〉 仙人
平安時代。
仏道を求め天竺を目指す僧・寂照法師(ワキ)は、日本から海を渡り唐土(中国)にある清涼山(しょうりょうさん)の麓に辿り着きました。
目の前には文殊菩薩の浄土へと続く石橋があります。
そこへ現れた少年(前シテ)に石橋について尋ね、寂照法師はその橋を渡ろうとします。
しかし少年はそれを止め、この橋を渡ることの恐ろしさを説きます。
その石橋は自然に出来た橋。雲の上から滝が落ちているためその表面は苔で滑りやすく、幅は一尺(約30cm)にも足らず、長さは三丈(約10m)、谷の深さは千丈余もあります。
「昔から、どんな法力を身につけた僧逹であっても、何年も難行苦行を重ね、ようやく渡れるような橋なので、容易く渡れない」と法師は説得されます。
少年は「しばらくここで待ちなさい。そうすれば菩薩様が姿を現わし、浄土の様子を拝めますよ」。そう言い捨てて姿を消します。
〈中入〉
辺りは不思議な雰囲気に包まれ、対岸の浄土から文殊菩薩の乗り物・獅子(後シテ)の姿が現れます。獅子は牡丹の花に戯れ、力強くも軽やかな姿を見せ、 めでたく舞い納めると、もとの座に帰って行きました。
◆石橋のみどころ
上のあらすじをご覧いただいてお分かりの通り、後半のストーリーにはほとんど書くことがございません。
それほどに「舞」が見どころだからです。
白と赤の獅子が登場し「獅子舞」を舞います。非常に動きが多く、体力を要します。
また獅子が登場する際に、静寂の中で太鼓と小鼓のみで奏でられる「露之拍子」という所があります。上で露が落ちる音を太鼓、谷底に落ちた音を小鼓が奏でますが、谷の深さを出すために時間差をつけます。
その静寂の空気感も見どころの一つです。